善意の搾取は必要悪だと言われることもあるようですが本当にそうでしょうか。
善意の搾取とは「人の善意につけ込んで労働力をタダで使おうとする」ことですがこれが必要悪だとするならとことんさぼった方が良いということにもなりかねません。
人間には良心がありますから善意で何かをしてあげることは多々ありますけど度が過ぎるともはや悪意すら感じます。
善意の搾取とは自己犠牲に他なりませんからずっと続くといつか自分自身がつぶれてしまうでしょう。
私は「善意の搾取」はできる限りない方が良いと考えています。
ふと思ったのですがこれの反対の意味の言葉は何だろうと考えてみました。
ネット検索しても出てこなかったので自分で考えた結果「無償の善意」ではないかと思いました。
善意の搾取では自分の労働力が削られ続けますが無償の善意では自分の労働力を与え続けます。
あれ、それって同じじゃない?と思った方もいるでしょう。しかし前者は受動的に労働力を使われているのに対して後者は能動的に労働力を使っている所が違います。
同じ労働力を使うなら能動的に使う方が良いですよね。そこには自分の意思があり、納得してやっていることが多いはずですから。
無償の善意の最も良いと感じる所は「自分はこれだけ一生懸命にやってきた」と思えることでしょうか。
サラリーマンやお金が絡むとそこに損得勘定が働きますが無償の善意はその名の通りお金が発生しません。
誰かが困っている時に手を差し伸べたり、ケガや病気で弱っている時に手を差し伸べたりすることで自分は良い事をしてきたという積み重ねができると感じます。(もちろんこれで天狗になってはいけませんが)
別にこういった状況でなくても日々良い事を積み重ねることで周りの人に対して良い影響を与えることができるようになると考えています。
ただこうした行いをしていたとしても自分に負の影響を与える人と接することもありますがあまりにもひどいようなら離れる方がいいでしょう。
セミリタイアしているとこういったことも容易なので生き方としては悪くないと思います。
良い事を積み重ねると運も良くなるはずでそのスパイラルに入ると人生のあらゆることが好転していくと考えています。
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とはいえ、現実にはうまくいかないことの方が多いですから忍耐強く続けるということが求められますね。
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